細菌によって歯周組織に炎症が起こる歯周病。
最初は歯肉が腫れる程度ですが、徐々に歯を支えている歯槽骨を溶かし始めます。最終的には歯が抜け落ちてしまうケースもあります。
歯周病が厄介なのは、糖尿病、誤嚥性肺炎、心疾患、低体重児出産など様々な全身疾患に結びついていることです。なかでも近年話題となっているのが認知症との関係。今回は現時点で判明している事実をまとめてみました。
多くの全身疾患のリスクを増幅する歯周病
歯肉には血管が通っていて、歯周病が進むと、そこから細菌が身体全体に運ばれていきます。これが歯周病と全身疾患が結びつく要因の一つです。
たとえば歯周病が重症化すると、血糖のコントロールを担うインスリンが十分に分泌されなくなると言われています。結果として糖尿病が重症化。さらに糖尿病はドライマウスを引き起こすので、歯周病も悪化するなど負のスパイラルに陥ります。他にも細菌が肺や血管内に侵入すると、誤嚥性肺炎、心疾患、低体重児出産などのリスクを高めることが明らかになっています。
歯周病に関しては数多くの研究が進められていて、毎年毎年様々な事実が明らかになる分野です。今回お話する認知症もその一つです。
認知症とは?
誤解されやすいのですが、認知症は単純な物忘れではありません。「物忘れ」は忘れたことが自覚できたり、些細なきっかけで思い出したりすることがあります。一方で「認知症」は何らかの要因で脳の神経細胞が破壊されているため、忘れたことを思い出せない状態になります。症状が進むと、日常生活にも重大な支障が出てくるようになるのです。
現在日本は超高齢社社会を迎えており、軽度から重度まで含めると認知症の患者数は「460万人」を超えていると言われています。
認知症のうち、「アルツハイマー型認知症」「レビー小体型認知症」「血管性認知症」は「三大認知症」と呼ばれており、認知症全体の約8割を占めています。なかでも群を抜いているのが約6割を占めるアルツハイマー型認知症です。
認知症と歯周病の関係について
アルツハイマー型認知症の特徴は、海馬を中心に脳が委縮したり、脳にシミ(老人斑)が広がったりすることです。物忘れに始まり、記憶障害や判断力の低下などを引き起こします。
近年そのアルツハイマー型認知症と歯周病に重大な繋がりがあるのではないか?と様々な論文が発表されています。一つは、2015年に名古屋市立大学院の道川誠教授のチームが日本歯周病学会で発表した論文。マウスを歯周病菌に感染させた後、約4ヵ月間経過観察したところ、アルツハイマー病の原因となるタンパク質が、面積で「約2.5倍」、量としては「約1.5倍」海馬に蓄積していたというものです。
もうひとつは、アルツハイマー病に罹って亡くなった方の脳を分析したデータ。こちらは2019年にアメリカの製薬会社・コルテキシム社によって発表されました。論文によると、歯周病菌の一種が生み出す有毒な酵素「ジンジパイン(gingipains)」が、亡くなった方の脳に多く見られたというものです。
副次的な関係:噛めないことで脳に栄養がいかない
歯周病菌による細菌感染以外にも、歯を失うこと自体が認知症の発症リスクを高めているのでは?といった研究結果も出ています。物をしっかり噛むことは、脳を活性化させるために重要だと多くの方がご存知だと思います。噛むという行為によって、脳に刺激が伝わり、神経伝達物質が増えるためです。逆に言えば、虫歯や歯周病によって歯を失い、そのままにしておくと脳に栄養がいかないのではないか?といった仮説が立てられるのです。実際にアルツハイマー型認知症に罹患した人は、健康な人よりも歯の本数が少ないという事実もあります。
認知症の特効薬はないからこそ「予防」が大事です
認知症の発症要因はまだ完全にはわかっていません。また、発症をしたとしても有効な特効薬も見つかっていません。だからこそ、発症要因の一つとして考えられる歯周病予防を行うことは重要です。多くの人が罹患している歯周病を、まずは他人事ではないと知ること。
そのうえで、毎日のブラッシングだけでは落とし切れない歯垢と歯石を歯科医院で定期的に取り除き、お口を清潔にしておくことが大切です。歯周病予防は、クオリティオブライフを高めて、健康に長生きするための一つの秘訣と言えます。